気まぐれメモブログ2019

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2016年08月

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SMAP解散に関する情報が錯綜しすぎててつらい(笑)

世間では「香取慎吾がメンヘラでわがまま」とか「キムタクが裏切ったから」「工藤静香が黒幕」とかいろいろと言われています

よくわからないので、自分なりに以下にまとめておく


ついにメンバーの口から解散と言う言葉が出た。





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SMAPの稲垣吾郎(42)が2016/8/18、MCを務める文化放送 
『稲垣吾郎のSTOP THE SMAP』(毎週木曜 21:30)にて「突然の報告で驚かせてしまって申し訳ありません」とメンバーとして初めて生放送でグループ解散に言及した。 

以下、稲垣のコメント全文 
 
 「こんばんは、稲垣吾郎です。すでに報道で皆さんご存知だとは思いますが、SMAPは解散というかたちを取らせていただくことになりました。ファンの皆さんには突然の報告で驚かせてしまって本当に申し訳ありません。稲垣吾郎はこれからも引き続き頑張っていきますので、『稲垣吾郎のSTOP THE SMAP』をこれからも応援よろしくお願いいたします。」 



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週刊文春によると

 今年大晦日をもって解散することを発表したSMAPだが、2016/1の分裂・独立騒動よりもずっと以前から「キムタク不信」の問題が存在した。 

 分裂・独立騒動が収束し、今後の活動などについて今年5月頃からメンバーたちは同社顧問の小杉理宇造氏と個別に面談したが、香取慎吾(39)と草なぎ剛(42)は、小杉氏に対して突き放すようにこう言ったという。 

「昨日今日に始まったことではないんです。僕たちは15年前にもう壊れていたんです。 でも、そこから10年やり続けた。それを理解してください」 

当時、SMAPに起きた大きな事件といえば、木村拓哉(43)の電撃結婚だ。木村の結婚に誰よりも反対していたのが、SMAPの育ての親、飯島三智元マネジャーだった。 

キムタクは当時人気絶頂期の2000年12月、周囲の反対を押し切って工藤静香との結婚に踏み切っています。そのことについて当時のマネージャーだった飯島氏は猛反対します。『ファンを裏切ってはいけない。結婚は絶対に許さない』とものすごい剣幕でキムタクに詰め寄ったそうです。それを知った工藤静香はメリー氏に許しを得ようと頻繁に連絡を取るようになり、最初は結婚に反対だったメリー氏も次第に工藤静香の熱意に押され、いつしか家族同然の付き合いをする間柄になったのです。

このキムタクと工藤静香の結婚を機に、これまで盤石の信頼関係だった飯島氏との間に溝が生まれ、また家族を持ったことで仕事よりも家族を優先することが増え、キムタクと他のメンバー間にも隔たりが生まれてきたのでした。今年1月のスマスマでの謝罪会見でキムタクが「このままではSMAPは空中分解しかねない」とコメントしていましたが、香取や草彅からしてみれば、『SMAPはとうの昔から空中分解状態だった』というのです。

 「独立の動きを察知した木村の妻・工藤静香が、夫を必死に説得したのです。『うまく行かなかったらどうするの』『家族のために事務所に残って』と。一方で、飯島氏に電話をかけ、『貴方のせいで、主人の人生が変わったらどうしてくれるの!』と猛抗議したそうです」
(引用元:週刊文春 2016年8月25日号)


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こんなエピソードもある

SMAP結成当時、11歳で最年少であった香取慎吾。まだ小学生であった香取にキムタクは、財布をプレゼント。香取はその財布を25年以上、使っていたことをテレビ番組で語っている。

当時の香取は財布を持っておらず、小銭をポケットにジャラジャラと持ち歩いていたとのことで、その様子を見かねたキムタクが、「これ使えよ」とプレゼントした。ただ25年以上も、その財布を使い続ける香取に、さすがにキムタクも、「いい加減にしろ、俺が新しいの買ってやる」と言っていたようだが、香取は何度も修理に出して、ボロボロになりながらも、使い続けた。

袂を分かつことになってしまった香取とキムタクだが、その財布は今、どうなっているのか。新しい財布をキムタクが改めてプレゼントしたという話もあるが、まだ香取はその財布を使っているのか。現在の二人の置かれている立場を考えると気になるところだ。

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 リテラによると

 SMAP解散は香取慎吾のせいじゃない! ジャニーズがキムタクを守るために仕掛けた狡猾な情報操作

SMAP解散決定。スポーツ紙は、すべて一面でこのニュースを報じている。だが、その内容は解散の責任をもっぱら中居正広、香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎の4人におしつけるものばかり。

ジャニーズ事務所が明らかにその方向で御用マスコミを誘導。発表の前、ジャニーズ事務所が「2016/8/14午前1時解禁」を条件にスポーツ紙やテレビ局に撒いた文書にはこんな文言が書かれていた。
 
「事務所一丸となってSMAPをサポートするべく各部署で様々な準備を進め、2016/2より2016/8/10まで半年以上の時間をかけて個々のメンバー並びに全員と面談を重ね、例年通りの音楽番組への出演、ファンへの感謝をこめたコンサートの開催、協議を進めてまいりました。しかしながら、議論を続ける中で「今の5人の状況ではグループ活動をすることは難しい」というメンバー数名からの要望を受け、7月の音楽特番を辞退させていただいた経緯がございました」
 
つまり、事務所は一丸となって存続に努力し、音楽特番やコンサート出演を準備していたが、「メンバー数名」のわがままでそれができなくなったと説明していたのである。
 
解散についても、香取、草なぎ、稲垣の3人、とくに香取の意思が強かったとして、かなり悪し様に批判していました」(スポーツ紙ジャニーズ担当)

スポーツ紙の紙面を見ると、全紙、この情報に丸乗りしていた。

事務所トップの言葉に耳を貸さないのに、事務所には「残りたい」という態度に、メンバーの間に確執があることを理解していたスタッフも「わがままが過ぎる。さすがにひどい」と漏らすほどだった。(スポニチ)
 
特に、以前からI氏を人一倍慕っていた香取は、分裂騒動以降木村との溝が深く、解散希望の意思が固かったという。(日刊スポーツ)
 
「休むなら解散したい」と強く希望したのは香取。関係者は「元マネジャーの女性と一緒につくり上げられないSMAPは、もはやSMAPではないという思いに突き動かされたとしか考えられない」と推し量る。(スポニチ)
 
香取にとって、小学生のころから母親のように面倒を見てくれたIさんを木村が裏切ったように映ったのかもしれない。香取は、木村との会話を一切しない状況が続いたという。(サンケイスポーツ)
 
ようするに、木村を拒否する香取のわがままがSMAP解散の決定打になったというストーリーだ。
 
こうした情報は本当なのだろうか?

たしかに、香取は飯島三智マネージャーともっとも絆が深かったため、メンバーと飯島マネを裏切った木村への怒りが大きく、演出を担当するはずだった25周年コンサートについては、徹底的に拒否していた。
 
しかし、内向的な香取は自分ひとりの脱退を言い出すことはあっても、グループの解散を言い出すようなキャラクターではない。実際、話し合いでも解散についてはむしろ「どうでもいい」という態度だったという。それがなぜ、解散という方向に突き進むことになったのか。香取に近いジャニーズ関係者がこう語る。

 「そもそもジャニー社長が25周年のコンンサートを必死で説得していたというが、その時期は6〜7月頃。そんな時期に説得して、年内に大きな会場をおさえられるわけがない。とても本気で説得するつもりだったとは思えません。しかも、ジャニーさんはこの説得のとき、4人に『木村を中心にまとまってほしい』と言ったようなんです。これは4人、中でも、香取と草なぎにとって絶対に受け入れられないことだったんです」
 
なぜか。スポーツ紙は香取や草なぎの木村拒否の姿勢を「一秒でも一緒に仕事したくない」という子どもっぽい感情のように解説しているが、そうではない。2人は木村そのものではなく、木村がSMAPを仕切る体制について非常に腹を立てていたのだという。
 
「そもそも、一連の騒動は木村が裏切って頓挫したわけです。その結果、飯島マネージャーは事務所を追われることになった。そして、4人も芸能界追放の危機にさえおちいっていた。普通なら、木村が4人に謝罪をするというのが普通で、彼らも残留を決意したときは木村がそういう行動を取ってくれるだろうと期待したようなんです。ところが、木村は一切謝罪せず、逆に、公開謝罪で不遜な態度を見せ、中居にとってかわってリーダー然と振る舞い始めた。それで、香取、草なぎが激怒し、一気に関係が険悪になっていったんです」(前出・香取に近いジャニーズ関係者)

実は中居は、内心、腹を立てながらも、SMAP存続のために、4人に謝罪をするよう木村に働きかけていたという。「このままだと、SMAPが空中分解してしまうから、内々でいいから、謝ったほうがいい」と。ところが、木村はそれを拒否し、それどころか、ジャニーズ事務所は再び木村の仕切りをごり押ししてきた。これが解散の決定打になったというのだ。
 
『27時間テレビ』(フジテレビ)で中居がさんまのツッコミに「木村に聞いてくださいよ」と返したことが話題になったが、この中居の発言はまさに、SMAPは解散しないと言いながら崩壊をうながすような行動しかしない木村の姿勢のことを揶揄したものだったようだ。
 
「実際、ジャニーズ事務所はこの中居発言に真っ青になって、スポーツ紙に対して、『あの“木村に聞いてくれ”発言だけは活字にするな』と厳命してきたようです。それを書かれたら、木村がSMAP崩壊の根本原因であることがバレてしまうと恐れたんでしょう。

ジャニーズはとにかく、今、木村のイメージを守るのに必死ですからね。他のメンバーのことは一切言わないのに、木村のことだけはものすごい調子で圧力をかけてくる」(スポーツ紙ジャニーズ担当)
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木村のイメージを守るのに必死(笑)

ぜんぜん、守れてねーし(笑)(笑)

 
 
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中居正広(1972年8月18日(43歳)神奈川県出身、A型)
木村拓哉(1972年11月13日(43歳) 東京都出身、O型)
稲垣吾郎(1973年12月8日(42歳) 東京都出身、O型)
草彅剛(1974年7月9日(41歳) 埼玉県出身(出生地は愛媛県)、A型)
香取慎吾(1977年1月31日(38歳) 神奈川県出身、A型)
 
元メンバー森且行(1974年2月19日(41歳) 東京都出身、B型)
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【尖閣諸島】中国、海上の民族戦を準備か 数日前に国防部長が国民に呼びかけ 

日本の海上保安庁は2016/8/8、東シナ海の尖閣諸島水域で14隻の中国の警備艇が発見。
その前の土日には同水域にはおよそ230隻の中国船籍の漁船と6隻の大型船が侵入。

日本外務省は中国に断固とした抗議を申し入れた。

同時に中国の軍事活動の活発化は南シナ海でも展開されている。2016/8/6、中国国防省は中国空軍の大型爆撃機H-6,スホイ30数機を含む軍用機を使って南沙諸島海上で軍事警備飛行を行ったと発表。 
それによれば飛行ミッションは空中での防衛および攻撃方法の策定だった。 

数日前、中国の常 万全 国防部長は国民に対して「海上の民族戦」に備えて準備せよとまで呼びかけ、民間防衛に取り組む必要性という構想を振りかざした。

中国はかなり強硬な声明を展開。 
 
  • 係争諸島は中国が軍事力を行使してまで守り抜く用意。
  • 諸島は中国のものであり、それは中国が守らねばならないという考えに基づいている。
  • 中国が誰かを襲うことはないかもしれないが、軍事大国としての姿を見せ付けたい。
  • 中国は長きに渡り、経済大国としての姿をアピールしてきた。 
  • 次は海上軍事国としてアピールしたい。
  • 中国は他国の領土侵犯を行い、他国に対して軍隊を行使する構えにない。
  • 自国の軍事、政治史の中で中国はそうした行為を一度も行なっていない。
  • 中国軍には予備兵も加えて500万人以上の兵士。
  • 過去5年で日本ともベトナムともアジア太平洋地域における中国との対立国とも状況は激しく悪化。 
  • ハーグの国際裁判所の判決は中国にとっては領土論争について国際舞台で初めて手痛い負け。
  • 中国は今まで一度もこうした反駁を受けてこなかった。 
  • 中国には何が何でも要求は通すという姿勢を見せ付ける事が非常に重要。 

安倍首相コメント 

日本もフィリピンもベトナムもタイもそのほかの国々もみな中国の貿易パートナーなのだ。
これで戦争でも起きたら瞬く間に貿易も、何もかもが瓦解してしまう。 

米国の役割は最も重要だ。仮に米国が介入を決めたとすれば、東方南方アジアの紛争に発展してしまう。これは非常に悪いシナリオだ。

米国が艦隊を派遣せず、制裁という脅しだけで済ませれば、シリアスな軍事展開を抜きにした、だらだら長引く紛争に留まる。
 
1989年の天安門事件では、米国は中国に対する制裁を発動。しかし、何の成果ももたらさなかった。なぜなら米国は貿易相手国として中国に非常な関心を抱いていたから。 
今もまた、同じような展開になる可能性はある。

恐らく中国は経済問題で伸び悩んでしまっている愛国心を再び盛り返そうとしているものと見られる。
こうした場合はベクトルの先を対外の敵に向けるほうが都合がよい。

中国が軍事上のプレゼンスを高め、中国国内ベクトルを外の向けようとしている。



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象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉 

戦後七十年という大きな節目を過ぎ、二年後には、平成三十年を迎えます。 

私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。 

本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。 

即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。 伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。 

そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、 どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。 

既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。 

私が天皇の位についてから、ほぼ二十八年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。 私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。 

天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。 こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。 

皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、 私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。 

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。 また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。 

しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。 

天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。 更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後喪儀(そうぎ)に関連する行事が、一年間続きます。 

その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。 
こうした事態を避けることは出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。 

始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、 相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。 

国民の理解を得られることを、切に願っています。(全文) 
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虫に刺された1時間以内



「熱い50度のお湯」+「綿棒や脱脂綿、ガーゼ」を用意する。



綿棒(脱脂綿、ガーゼ)にその50度にお湯をしみ込ませる。
を押し当てる。



幹部全体に熱をいきわたらせる。



綿棒の熱が下がったら、さらにお湯に綿棒をひたす



患部に押し付ける時間は10秒程度



患部に熱が伝わると同時にかゆみが消える。




蚊が血液を吸うときに凝固しないように出すある種のタンパク質が熱によって変質する
ことでアレルギー反応が収まる仕組み
 

シャワーなどの給湯温度を50度に設定して幹部に当てるというのも効果的


※ヤケド等に気をつけて自己責任の元、お願いします。

2016/7/30東京都知事選挙が終わった。

投票数は以下の通り

後藤基樹が7,031 票も取ってる(笑)






開票率 100.00% 

得票数 
 
小池 百合子 64 新 2,912,628 

増田 寛也 64 新 1,793,453 

鳥越 俊太郎 76 新 1,346,103 

上杉 隆 48 新 179,631 

桜井 誠 44 新 114,171 

マック 赤坂 67 新 51,056 

七海 ひろこ 32 新 28,809 

立花 孝志 48 新 27,241 

高橋 尚吾 32 新 16,664 
中川 暢三 60 新 16,584 
山口 敏夫 75 新 15,986 
岸本 雅吉 63 新 8,056 
後藤 輝樹 33 新 7,031 
谷山 雄二朗 43 新 6,759 
武井 直子 51 新 4,605 
宮崎 正弘 61 新 4,010 
望月 義彦 51 新 3,332 
山中 雅明 52 新 3,116 
今尾 貞夫 76 新 3,105 
内藤 久遠 59 新 2,695 
関口 安弘 64 新 1,326 

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